アフリカ分割 一覧
1830年から1975年まで、アフリカのどこを、どの国が、いつからいつまで支配していたか。49の植民地と独立国を支配国ごとにまとめ、年代と概要を添えました。地図の色は支配国です。トランスヴァールのように、同じ土地でも年代によって支配国が変わります。
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地図で見るアフリカ分割





イギリスの植民地21
- シエラレオネ1808〜1961年
- 解放奴隷の入植地(首都フリータウン)として始まり、1808年直轄植民地
- モーリシャス1814〜1968年
- フランス領からパリ条約(1814)でイギリス領に
- セーシェル1814〜1976年
- フランス領からパリ条約(1814)でイギリス領に
- ケープ植民地1815〜1910年
- 1652年オランダ東インド会社がケープタウンを建設。ウィーン会議(1814〜15)でイギリス領に。移住を嫌ったボーア人が北へ(グレート・トレック)
- ナタール1843〜1910年
- ボーア人のナタール共和国を1843年にイギリスが併合。ズールー戦争(1879)
- バストランド1868〜1966年
- イギリスの保護領。1966年レソトとして独立
- ゴールドコースト1874〜1957年
- 金を産出。アシャンティ王国を征服(1901)。1957年エンクルマのもとガーナとして独立(サハラ以南で最初の独立国の一つ)
- エジプト(イギリスの保護下)1882〜1922年
- 1882年ウラービー運動を鎮圧して占領、1914年保護国化。1922年に王国として独立(スエズ運河地帯には英軍が残る)。1875年にスエズ運河会社の株を買収
- ベチュアナランド1885〜1966年
- イギリスの保護領。1966年ボツワナとして独立
- ナイジェリア1885〜1960年
- 1861年ラゴスを併合、ニジェール川流域に保護領(1885〜)。1914年に南北統合。1960年独立
- イギリス領ソマリランド1887〜1960年
- 紅海の出入口を押さえる。1960年イタリア領と合わせてソマリアとして独立
- ガンビア1888〜1965年
- ガンビア川沿いの細長い領域。1965年独立
- 南ローデシア1890〜1965年
- ローデシアの名はセシル・ローズから。1965年白人政権が一方的に独立宣言、1980年ジンバブエとして独立
- 北ローデシア1891〜1964年
- セシル・ローズの南アフリカ会社が支配(のち直轄)。1964年ザンビアとして独立
- ニヤサランド1891〜1964年
- 1964年マラウイとして独立
- ウガンダ1894〜1962年
- イギリスの保護領。ナイル川の水源地帯
- イギリス領東アフリカ(ケニア)1895〜1963年
- 1920年からケニア植民地。白人入植者の高原地帯。1950年代にマウマウの反英闘争、1963年独立
- 英エジプト領スーダン1899〜1956年
- マフディー運動を鎮圧し(1898)、ファショダ事件の翌1899年からイギリスとエジプトの共同統治(実権はイギリス)。現在のスーダンと南スーダン
- トランスヴァール・オレンジ川植民地1902〜1910年
- 南アフリカ戦争の後、旧ボーア人2国をイギリスが直轄。1910年南アフリカ連邦へ
- スワジランド1903〜1968年
- 1903年からイギリスの保護領(それまではトランスヴァールの保護下)。1968年独立、現エスワティニ
- 南アフリカ連邦1910〜1961年
- 1910年、ケープ・ナタール・旧ボーア人2国をまとめたイギリスの自治領。人種隔離(のちのアパルトヘイト)。1961年共和国となりイギリス連邦を離脱
フランスの植民地8
- アルジェリア1830〜1962年
- 1830年シャルル10世が出兵して占領。フランス人入植者(コロン)が多い。アルジェリア戦争(1954〜62)を経て独立
- チュニジア1881〜1956年
- 1881年フランスの保護国に。これに反発したイタリアは三国同盟へ(1882)
- フランス領赤道アフリカ1882〜1960年
- ブラザの探検でコンゴ川北岸に進出(1880年代)、1910年に連邦化。現在のガボン・コンゴ共和国・中央アフリカ・チャド。1960年独立
- フランス領ソマリランド1884〜1977年
- 現在のジブチ。紅海の出入口。横断政策の東端。1977年独立
- コモロ1886〜1975年
- フランスの保護領、のち植民地。1975年独立
- フランス領西アフリカ1895〜1960年
- 1895年成立、中心はダカール。現在のセネガル・モーリタニア・マリ・ギニア・コートジボワール・ブルキナファソ・ベナン・ニジェール。1958年ギニア、1960年ほかが独立
- マダガスカル1896〜1960年
- 1896年フランスが併合。横断政策の東の目標の一つ
- モロッコ1912〜1956年
- 2度のモロッコ事件(1905・1911)でドイツと対立ののち、1912年フランスの保護国(北部はスペイン領)。1956年独立
ドイツの植民地4
- ドイツ領南西アフリカ1884〜1915年
- 現在のナミビア。ヘレロ・ナマの蜂起(1904〜08)を大量殺害で鎮圧。1915年南アフリカ連邦軍が占領
- カメルーン1884〜1916年
- 第2次モロッコ事件(1911)の代償としてフランス領コンゴの一部を得て拡大。第一次世界大戦で英仏が占領
- トーゴ1884〜1914年
- 当時の範囲は現在のガーナ東部を含む。1914年英仏が占領
- ドイツ領東アフリカ1885〜1919年
- 現在のタンザニア本土・ルワンダ・ブルンジ。マジ・マジ反乱(1905〜07)。第一次世界大戦後に失い、イギリス(タンガニーカ)とベルギーの委任統治領に
ポルトガルの植民地5
- カーボベルデ1462〜1975年
- 大西洋の島々。奴隷貿易の中継地
- サントメ・プリンシペ1493〜1975年
- ギニア湾の島々。砂糖、のちカカオのプランテーション
- モザンビーク1505〜1975年
- 1505年ソファラに拠点。1975年独立
- アンゴラ1575〜1975年
- 1575年ルアンダを建設。奴隷貿易でブラジルと結ばれる。長い独立戦争ののち1975年独立
- ポルトガル領ギニア1879〜1974年
- 現在のギニアビサウ。1974年独立
ベルギーの植民地2
- コンゴ自由国1885〜1908年
- ベルリン会議(1884〜85)でベルギー国王レオポルド2世の私有地として承認。ゴム採取の強制と虐待が国際的非難を浴びた
- ベルギー領コンゴ1908〜1960年
- 1908年ベルギー政府の植民地に。1960年独立、直後にコンゴ動乱
イタリアの植民地3
- イタリア領ソマリランド1889〜1941年
- インド洋沿岸。1941年イギリス軍が占領、1950〜60年イタリアの信託統治ののちソマリアとして独立
- エリトリア1890〜1941年
- 紅海沿岸。ここからエチオピアに侵入してアドワの戦い(1896)で敗れた
- リビア1912〜1943年
- イタリア=トルコ戦争(1911〜12)でオスマン帝国から獲得。1951年独立
スペインの植民地2
- スペイン領ギニア1778〜1968年
- ポルトガルからビオコ島などを得たのが始まり。1968年赤道ギニアとして独立
- スペイン領サハラ(リオ・デ・オロ)1884〜1975年
- 現在の西サハラ。スペイン撤退後の帰属は今も決着していない
独立を保った国・独立国4
- エチオピア帝国1270〜1974年
- アドワの戦い(1896)でイタリアを破り独立を保つ。1936〜41年はイタリアが占領。1974年帝政廃止
- リベリア1847〜年
- アメリカの解放奴隷が建国(1847)。1914年にアフリカで独立を保っていたのはエチオピアとリベリアだけ
- トランスヴァール共和国1852〜1902年
- ボーア人(アフリカーナー)の国。1886年金鉱発見(ヨハネスブルク)。南アフリカ戦争(1899〜1902)でイギリスに敗れ併合
- オレンジ自由国1854〜1902年
- ボーア人の国。南アフリカ戦争でトランスヴァールとともにイギリスに敗れ併合